(序)
私がこれを書こうと思った理由は、
・「感情の吐露」という、一般的な使用頻度は高くないであろう言葉が使われている。(これは私が現状7で使った言葉である)
・記事の主題は「国益」
・後記に書くが、私と北岡教授は全く接点がないわけではない。
考えられることは、
a 北岡教授が私のブログを読み、参考にした。
b 創価編集者が北岡教授に記事を依頼する際に、「感情の吐露」を必ず使ってくれと頼んだ(ストーキングのために)。
c 単なる偶然。私の勘違い。
どれかは正解でしょう(笑)。東大教授ともあろう人が私なんかに、というのが常識的な考えだが、私は自分に降りかかる事象を見つめて可能性を探るしかない。
北岡教授の記事内容は一見まともである。また、外交史の専門家として学問の蓄積がある教授に私が意見するというのもためらわれるところだ。
しかし、それでも私なりのアプローチ・問題提起を試みようと思う。
(記事の要旨(教授の言葉をそのまま引用する))
左右の極端な意見ではなく、中道に位置する人々の声を結集することが国益の実現に重要である。
(本論1)
○議論の土台(教授の見解)
利益1の追求に、100のコストがかかるようなものは適切な政策ではないだろう。竹島問題について、私は日本が正しく、韓国の立場は誤りだと思うが、日韓関係をぶち壊してでも、竹島を取り戻すべきだとは考えない。
○私の意見 ‐竹島を取り戻すことは国益にかなわないか
北岡教授は、竹島問題については日本が正しいとはっきり述べている。ならば、韓国による竹島占有は不法占拠、あるいは侵略ということになる。侵害されている法益は百分の一にたとえられるほどささいなものだろうか。
私は道理や理念だけでこういうのではない。私は政治、さらには生きる事自体についてのプラグマティズムを認める立場である。例えば、政治家の世襲問題について、近現代の理念からはとうてい認められるものではないと考えるが、もしも現在、売国・侵略をくい止めるために必要というのならば、「この問題を一時棚上げすること」もかまわないと考える。(例えば、売国議員が、今緊急の課題である「侵略」問題から国民の目をそらすために「世襲」問題を強調する場合など。)
いったん外国勢力に侵略されたものを元に戻す事は、国内の盗人議員を引きずりおろす事よりはるかに困難だからである。現在の米軍基地や北方領土を考えれば、私にはそう思える。
プラグマティズムについて続けると、日韓関係は、日米関係とも日中関係・日露関係とも異なる。つまりは相手の国力のことである。領土を侵略されて黙っていなければならないほど日本が韓国に依存していることはあるのか。失う100とは何なのか、教授の文面からは明らかでない。
私が思いつくことは、「逆ギレした韓国国民が各地でデモを行い、自分の身体に火をつける者が現れ、大使館や日系商店は投石でボロボロになり、外交官は国外退去を命じられ、商人の多くが帰国を余儀なくされる、日本の観光収入が減少する」、このくらいだろうか。
現実にある可能性の中から最良の(最もましな)選択をすべき、という考え方に教授もたぶん同意されると思うが、領土を侵略されて放置することが最良の選択とは私には思えない。領土というのは、その場所の経済的重要性(資源が眠っているなど)の有無に関わらず最重要案件だと考える。
イスラエルとアラブにしても、ウイグルと中国にしても、その争いは熾烈を極める。後者の場合、中国政府は「国内問題」と主張するだろうが、ウイグルからみれば自分たちが侵略されてしまった状態にあるということだから、さらに悲惨である。
韓国人あるいは朝鮮人の国民性とはどのようなものか。
私はこれまで、自分が朝鮮人・韓国人と名乗る人物に接触したことはほとんどない。しかし、次のような事情から、ここの国民性、社会形態には大きな問題があり、日本(日本に限定しない)に取り込んだ場合、日本のよい面がすべて潰されてしまうことになるだろうと、今のところはそう考えている。
1)私に集団暴行をはたらいているのは創価学会である。(事実)
2)創価学会は、主に先進諸国において危険なカルト宗教と認定されている。(事実)
3)創価学会は朝鮮半島勢力の代弁者だといわれている。(ネット上での通説)
4)日本において、朝鮮半島起源のイカサマ宗教が多い。イカサマ宗教の主たる目的は、幹部による金銭の巻き上げあるいは強姦である。(事実)
5)在日朝鮮半島人の日本における所業について、悪評が絶えない。(事実)
6)朝鮮半島出身者は世界各地で行いの悪さを批判されている(ネット情報)
7)大韓民国における強姦率は、他国に比べて非常に高い。(事実)
8)朝鮮民主主義人民共和国は全体主義的人権抑圧国家であり、国家主導で通貨偽造・麻薬密売・誘拐を行っている。(事実)
現在対馬の買い占めも問題になっている。譲れないところはちゃんと主張しなければ付け込まれるだけである。「関係をぶち壊している」のはあちら側だろう。「関係」「協力」「議論」これらを構築する際に、一方に最低限の資質がない場合、他方は消耗するばかりである。
(本論2)
○議論の土台(教授の見解)
極端な意見をことさらに強調するのは、民主主義の自殺行為である。近頃の一部のメディア、それにネット世論には不安がある。とくにネット世論は、ただの感情の吐露になりがちである。
○私の意見 ‐ネット世論とは何か
北岡教授は「専門家」と「一般国民」を対置している。そうすると、専門家とは大学教授や実務家(政治家・外交官)を指すものと思われる。
一方、それに対置されるのは、感情に流されやすい「一般国民」が形成する「ネット世論」である。匿名掲示板の意見はその代表例だろう。
そこで疑問である。ネット上には個人が発する多数のブログが存在する。その担い手は「専門家」以外のものが大部分を占める。
ただしその中には、鋭い視点の、多数の閲覧者を集めるサイトがいくつか存在する。そのような、「専門家」ではないが一目置かれるサイトの見解はどうなのだろう。
ネット上は様々な意図が渦巻いており、偽情報も多数存在する。しかし、その中に宝が眠っており、それを探すのがネットの大きな魅力でもある。
私は、専門家が専門家となるために払ってきた努力や能力を尊重するし、匿名掲示板と比較して、「一般的な信頼性」は認めるが、それは確定的ではなく、玉石混合なのは結局どちらも同じではないかと考える。
(本論3)
○議論の土台(教授の見解)
左右の極端な意見ではなく、中道に位置する人々の声を結集することが、国益の実現で重要である。
○私の意見 ‐左右の極端な意見とは何か
今日における左右の対立とはいかなるものか。まず、2つのモデルを提示する。
ア 政治制度の選択(純粋国内問題)
(右)自由主義・民主主義 vs (左)社会主義・共産主義
イ 国防問題についての姿勢(国際問題)
(右)排外 vs (左)協調
北岡教授が想定しているのは不明だが、イの方だと考える。理由は、
・ ネット上で議論が盛り上がるのはイ
・ 北岡教授の専門は外交史である。それに近いのはイ
・ 最近の経済破綻で、国家が経済・金融に対していかに関わっていくかが問題になっているが、それは自由主義内での対立と考える。(つまり、アはあまり今日的な問題ではないと考える)
「極端」とは、「はなはだしく一方にかたよっていること。常識などから非常に外れていること。また、そのさま」とある。(大辞林)
左右ではなく中道だからよしとする、というのは理解しにくいが、具体的政策についての妥当性を吟味すべきという意図ならばわかる。以下では、ある争点につき、その妥当性を検証する。
争点
日本国民が有する諸権利を外国人に付与することは妥当か
検証
諸権利の具体例としては、入国の自由、商業活動の自由、参政権の付与、日本国籍の付与などが考えられる。ここでは「参政権の付与」について論じる。
前提として、そもそも外国人に対しては、「人間が人間であるがゆえに認められるべき人権」(現在私が被っているような目にあわない権利)は当然認められるべきだが、それ以上のものは認められなくても、倫理的な問題は何ら生じない。
そして、「参政権の付与」は「日本国籍の付与」に等しい。参政権を持っていればいくらでも自分の権利の拡大ができるからである。
人類は富をめぐって殺戮・強奪を繰り返してきた。そしていまだにそれをやっているのだが、ならば、人類は歴史に何も学ばない愚か者かといえば、そうともいえまい。
ヨーロッパ市民革命、そしてその思想的基盤たる立憲主義の目的は、私がずっと主張している「個人の領域を守ること」である。
ただし、これが完全に機能している国はいまだ存在せず、どの国がマシかといったレベルであろう。しかも、この思想に全く同意しない国もあり、立憲主義が普遍的価値観として全世界を席巻しているとまではいえない。
そして、日本が外国人参政権を認めるとすると、新たに意思決定に加わるであろう住民の大部分の本国籍は、「中国」「北朝鮮」「韓国」の3カ国となろう。これらの国の価値観を人権感覚について私が判定すると、
中国→最悪 北朝鮮→最悪 韓国→先進国レベルにはほど遠い となる。
国の政治制度(中国:一党独裁 北朝鮮:一党独裁 韓国:一応民主主義)と構成員の民族性がどう関連するのかについては、私はよくわからない。しかし、中国人のウイグルでの行状、北朝鮮国内のひどい人権弾圧の話を読むと、ここの国には「他者を尊重する自律した個人」なるものは存在しないのではないかと思える。しかも3国共に反日的である。(韓国では親日的言論をすると強烈な社会的制裁を受けるため、言論の自由すら抑圧されている)
民主主義の弱点は、多勢に無勢というところである。そして、多数の横暴を食い止めるために立憲主義は存在するのだが、結局は構成員の質に左右されるのであり、自律した個人よりも、固まって権益を拡大しようという集団が拡大してくると、憲法はただの紙切れに等しくなるだろう。全体主義的カルトの放置によって、その兆候はすでにみられるのである。
民主主義は古代ギリシャ都市国家が源流である。そこでは構成員として「教養ある自律した個人」を想定している。現代日本1億数千万人を「教養ある自律した個人」として教育できているとはいえまい(小泉郵政選挙以前は一度も投票権を行使しなかった私もあまり偉そうなことはいえませんが)。しかも、そこに日本の教育システム外の、反日教育を受けた者が日本国の意思決定をすることは、どう考えても日本国のコンスティテューションに反する。
グローバル経済と呼ばれる現代であっても、依然として国家権力が最強であり、国家同士の混沌とした争いに満ちた時代である。どんな無法国家でも国際関係上の建前では等価値である。
北朝鮮は麻薬取引・通貨偽造・誘拐犯である。しかし、これを収容する国際刑務所があるわけではない。アメリカも法制度や理論は立派だが、対外的には相当えげつないことをやっている。(ベトナムやイラクでの一般市民殺戮など。ここが原爆を落としたことは正当化しえまい。「原爆を投下しなかったなら、その何倍もの犠牲者が出た。原爆は日本とアメリカ双方の多くの人命を救った」などという言い訳を鵜呑みにする感覚が私には信じられない。「多くの人命を救った」という言葉の裏には市民に対する配慮が考えられるが、それは原爆という無差別大量殺戮兵器を使用した行為と真っ向から矛盾する。しかも2箇所に落としたのだ。さらにしかも、この兵器を実際に使用したのはこの国だけである。)
よって、依然として国境が国民の防波堤である。
北岡教授は「極端な意見をことさらに強調するのは、民主主義の自殺行為である」と説いている。
私の見解は、右か左かといえば、右なのかもしれない。しかし、極端な意見だとは思わない。
民主主義とは、自分の運命は自分で決定するということであり、その根底には「個人の尊重」がある。今の日本で外国人参政権を認めることは、個人を尊重しない価値観を有する人間に意思決定を委ねることにつながり、その先は、個人を尊重しない国になるということである。その兆候もすでにみられる。
有能な外国人を積極的に活用しようという議論がある。ならば、「有能な」外国人を選別する「厳しい」しかも「政治的意思決定権以外の権利についての」選別制度を導入すればよいだけのことだ。参政権である必要はあるまい。
(後記)
今から20年くらい前、私は立教大学の学生で、北岡先生は立教大学法学部教授だった。
大学では3年時からゼミに参加することができる。私はやる気のない、成績の振るわない学生だったが、ゼミに入らないというのも不安だったので、履修要綱から何か興味のありそうな分野を探した。
そこで候補に選んだのが北岡教授のゼミ(日米関係)だったのだが、選考に落ちた。申し込んだ時から、自分の成績では難しいかもと予想はしていた。
しかし、それが分かっていても、自分が選考という形でバッサリ切られるというのは面白くないものである。
私はこの不愉快な気持ちをどうにかしなければと、包丁を持って先生の研究室に、ではなく、何か別の形で解消したいと思った。
その時考えたのは、北岡先生の一般の講義で良い成績を取るというものだった。すばらしい答案を書いて自分の実力を示してやろう、先生は人を見る目がないんだと実感させてやろう、ということである。
私は書店で大学受験用の日本史年表を買い求め、それと先生のテキストを教材に大学図書館通いを始めた。
そして数ヶ月が経ち、年明けの試験本番は池袋の5号館大教室で行なわれた。
論述のみの2問。2問目はテキスト中のテーマそのままが題材にされていた。(たぶんこれができればC(可)はやろうというお助け問題だったのだろうと思う)
問題は1問目で、「山県有朋と伊藤博文を比較しながら論ぜよ」というものだった。
私は問題文のところで目が止まってしまい、しばらくそのままの状態だった。面食らったのだ。確かに両者共に超有名人で、近代日本政治史には欠かせない人物だが、比較しろといわれても。
覚えられない頭で試験直前まで詰め込んだのだが、両者の接点は自分の記憶からは出てこず、この場で考えるしかないようだった。
先に2問目を仕上げて考え込んでいるうちに何分かが過ぎた。
すると、ガタガタ、バタバタと大きな音が大教室を響き渡り、それは1分くらい続いた。半分以上の学生が教室を出て行ってしまったのだ。
当時、立教法学部の専門試験は確か開始20分後の放棄が認められていた。もちろん完解して退場でもよいのだが、9割9分は「降参」だろう。
騒音が収まり、すっかり人が減って風通しが良くなった大教室で、私も気を取り直し、ようやく1問目の解答の構成に取り掛かった。そして、なんとか「共通点と相違点」という形で書き上げた。すばらしい答案とはいかなかったが、出て行った学生の多さから考えて問題の難度も高かったようだし、B(良)はくれてもいいんじゃないか、もしかしたらA(優)かも、と、試験後は調子のいいことを考えていた。
結果はAだった。Aの一つでこんな自慢話をするやつもあまりいないだろうが、これが北岡先生の思い出である。
「ペーパーチェイス」という映画がある。昔テレビで見たのだが、アメリカのロースクールの話で、学生と鬼教授との緊迫した場面が見所の一つである。
しかし、学生の思いとは裏腹に、教授の採点シーンはクールなもので、機械的作業の様相である。主人公にはAをつけたが、教授には何の感慨もないようである。そもそも学生の個性に関心がないように見える。
私自身も、博士論文でもあるまいし、学部の答案程度で教授の目に留まるなどとは本心思っていなかったはずである。
私は自分の情けない現状に、自分なりのけりをつけたかっただけなのだ。
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