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6-1 メディアを使ったストーキング 序・目次

(序)

 実家にいた頃、時折私の様子を見に来る旧友を除いて、私には付き合う相手もおらず、外界の情報を得る手段としては、もっぱらネット・新聞・ラジオに依存していた(テレビもたまに見たが、自分の部屋には置いていなかった)。

 持ち金もわずかになり、プロバイダを解約して以降は新聞とラジオだけになった。

 私は、新聞記事中の言葉やラジオ番組から流れてくる言葉の中から気に入ったものをパソコンに打ち込んだ。その多くは特定の人物が放つ言葉である。

新聞記事に取り上げられる人物、あるいはラジオの対談に登場する人物というのは、たいてい難局を乗り切った成功者である。自分はそういう成功者の言葉をヒントに自分の閉塞感を打開したいと思っていたのだろう。行動が伴わなければどうにもならないことは薄々分かっていたのだが。

 しかし、今も記憶に残るのは、パソコンに打ち込んでいない方の、気に食わない言葉である。

 一つは小泉元首相の言葉であり(「人生いろいろ」とか有名ですね)、もう一つは工藤慎太郎「シェフ」の歌詞である。

(歌詞)

 菓子パン1個の暮らしにどうにか終わりを告げたくて

 目黒のイタリヤ料理屋で働くことにしたんだ

 バイトの面接緊張していた僕の目の前に

 「夢を捨てちゃいけねーぞ」とささやくシェフがそこにいた

 初めはまかない食べる為だけにバイトに行ってたし

 早く終わらねーかなって時計をチラチラ見ていた

 けれどもシェフの楽しそうに働く姿を見るうちに

 「いらっしゃいませ」と自然に笑える僕がそこにいた

 一生懸命やることさえも汗水たらして働くことも

 バカにされてしまう世の中だから人は素直になれなくて

 「慎太郎いつものいつものやつ歌ってくれ

 お前を皿洗いで雇ったわけじゃない」

 エプロンはずしたシェフの横顔はおやじの顔になる

 二人の子供と奥さんの話するとき目がたれる

 「生き方にレシピはねーんだよ」って肩をたたいた後

 ごまかし笑って湿った夜空をさびしく見つめてた

 一生懸命やることさえも汗水たらして働くことも

 バカにされてしまう世の中だから人は素直になれなくて

 「慎太郎いつものいつものやつ歌ってくれ

 お金を稼ぐってことは大変なことなんだ

 一度や二度くらいの失敗がどうしたんだ

 雨にも風にも負けない心を持て負けない心を持て」

 当時、この歌はNHKユアソングとしてラジオからよく流れていた。

 私は実家の居候であったため、この歌詞に過敏になったことは間違いない。

 しかし、そういう個人的感情をできる限りはずしても、この歌詞には納得いかないところがある。

イ「菓子パン1個の暮らし」

1)人間は一日菓子パン1個で生きていけるのか。

2)実家のニートならば、たとえば親と折り合いが悪くて食事を作ってもらえないことはあっても、食べ物がないことはないだろう。ということは、ニートではなく一人暮らしと考えられる。ならば、家賃が払えないのではないか。それともホームレスなのか。あるいは貯金を切り崩して生きているのか。

ロ「お前を皿洗いで雇ったわけじゃない」

1)皿洗いとして採用した人間にこういう言葉をかけるオーナーシェフは全国に何人いるだろうか。シェフ見習いとして採用したならともかくである(シェフとしての才能が抜群である場合)。

2)料理人の世界というのは厳しい男社会・上下関係のイメージがある。そもそも料理人志望でない歌手志望をイタリア・フランスなどの専門料理屋が下働きとして採用するのか。

ハ「一生懸命やることさえも汗水たらして働くことも

 バカにされてしまう世の中だから人は素直になれなくて」

1)そんな世の中にいつなったのだ。ならばニートは肩身の狭い思いをしなくて済むだろう。

2)幸運にも経団連的価値観を有しないシェフにめぐり合った慎太郎は、働くうちに「自然に笑える」ようになる。これを「素直になった」ということはできるだろう。

 ただ、ここでは「…世の中だから人は…」とある。「人」とは一般人を指すと考えられる。そうすると、私を含めた一般人に対して「お前素直じゃないだろう」と言っていることになる。

 私の感覚では、死ぬほど働けという世の中において「働きたくなどない」というのもまた素直なのだが。

ホ「お金を稼ぐってことは大変なことなんだ

 一度や二度くらいの失敗がどうしたんだ

 雨にも風にも負けない心を持て負けない心を持て」

1)この歌は1・2番共に終わりの部分をシェフの言葉で締めくくっている。題名が「シェフ」だし矛盾はないのだが、シェフの言葉が多すぎるように感じる。慎太郎の感性を歌にしたというよりも、大人たるシェフが直接聞き手に語りかけているような錯覚に陥る。

 この曲のわかりやすすぎるメロディーライン(が気に入らなかったこと)とも相まって、当時は聞くたびに不快に感じていた覚えがある。

 なんで「目黒のイタリヤ料理屋」なんだ。全体に労働の現実と乖離しすぎているだろう。などケチをつけ出すときりがない。

 あまりにも納得できない。そして、当時ニートが社会問題化していた状況とも合わせると、この曲はニートを労働市場に引っ張り出すための政権側の陰謀か、とも考えた。

 路上で歌っていた歌のうまい兄ちゃんに、「デビューさせてやるよ。でも一曲目はこれを歌ってもらう」とか。

 この話は、現在私が置かれている状況とは無関係の、小さな話である。また、当時の回想を述べているだけであって、いまさらこれを追求したいわけではない。

(追記)

 現状5-10(評価(3))がまだ残っているのですが、補足的なものなので、後で出すつもりです。

 今回の現状6「メディアを使ったストーキング」は、五感でいえば視覚または聴覚に作用するものですが(ネット→視覚 ラジオ→聴覚)、「言葉を使った心理的揺さぶり」という特殊形態として、ここで独立して取り上げます。現状6ではラジオを扱います。

(目次)

6-1 序・目次

6-2 きっかけ

6-3 本編

(余談)

 働きたくないのが自分の素直な気持ちだと書いたが、念のためにいうと、ニートを擁護する気は全くない。働きたくないことは親に食わせてもらうことを正当化しないからである。

 ただ、バランスのためにもうひとつ加えると、親の縁故で高給サラリーマンになる人間はニートと変わらないということである。会社は、彼を実力で判断すれば、彼の働きが会社に利益をもたらさないだろうことがわかっていながら、または彼よりも会社に利益をもたらすであろう人間を不採用にしても彼を雇用したのである。それでも彼の存在自体が会社の利益になるからだ。それは親の社会的力である。つまり、彼の給料を実質的に支払っているのは彼の親だということになる。

 もしその親が議員などの公職にある者ならば、結局金の出所は日本国民から徴収した税金なのだから、子息(子女)は、生まれてから死ぬまで国民にたかるニートといえる。その彼(彼女)が議員に転身するなど何をかいわんやである。

 ここで小泉元首相の言葉を思い出した。

 「金持ちをうらやむなよ」

 彼は国会でこう言ったと記憶している。

 金持ちといってもさまざまな人格・生き様があると思われるが、私は、その人格・生き様に全く共感できない人間についても、「金を持っているということ」自体はうらやましいと思う。盗人の金であってもだ。それは一般的な感覚だろう。

 仮に、小泉氏が盗人であるとしよう。

 思うに、ここでの小泉氏の手法は、自分を追及しようとする相手(あるいはその様子をうかがっている国民)に対し、その羞恥心に訴えて自ら追求を断念させようとするやり方だと考えられる。

 そして私が相手方ならば、こう反論するだろう。

 「私が頭の中でうらやもうがどうしようが私の自由である。うらやむ人間は盗人を追及できないとでも言うのか」

 期待可能性の話がある。つまり、「おまえも同じ立場なら同じように悪さをするだろう」とかよく言われることである。

 しかし、頭の中で考えるのと実際やったこととは厳然とした区別があるはずである。

 もしうらやむ者は何も言えないと言うなら、誰も経済犯罪を追及できないだろう。

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