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6-3 メディアを使ったストーキング 本編

(はじめに)

 メディアを使ったつきまとい(ストーキング)はどのように行われるか。ここではいくつかの過去の事例を取り上げ、その特徴を考えてみる。

 メディアにおいて武器となるのは「言葉」である。これをストーキングの手段として用いる場合、ある性質を持った言葉をメディアを通して私に投げる、というやり方を採る。

 その性質とは、私がどうしても注意を向けてしまう言葉である。前回の現状5における様々な事例と同様、私の本能に訴えるのである。

 現在私が視聴することが多いメディアはラジオ・新聞・インターネットである。ここではラジオに焦点を当てる。

NHKラジオを使ったストーキング)

 ストーカー組織(創価学会であると考える)は、アパートでの私の様子を四六時中盗撮して監視している、というのが私の認識である。

 私がお茶を気管に入れて咽べば、翌日通勤途中で大げさに咽ぶストーカーを数人用意するし、指で鼻を掃除すれば、翌日鼻をほじるストーカーがつきまとってくる。トイレでおしっこを横に飛ばしてしまえば、翌日職場(ホテル清掃)で同僚がこういう話題を持ち出してくる。

「男の人はすぐ汚すから(掃除する自分たちは)大変よねえ」

 NHKラジオは、私が部屋にいる間中ずっとつけている。睡眠中もである。それは隣の部屋で監視しているであろう創価ストーカーの存在をまぎらわせるためであり、BGM代わりなのだが、聞こえてくる番組の内容に関心を持てばもちろんちゃんと聞く。

ただ、そういう私の様子ももちろん監視されている。彼らは私が関心を持った番組の翌回には番組中に入り込む。

 どのように入り込むかは番組の内容によるが、次のように分類できる。

ア)既存の歌、小説、落語、浪曲などから私に聞かせたい(私が気に障るであろう)言葉が入った作品を探し出し、それを放送する。

イ)企画もの(ラジオドラマ、お笑い、ゲストとの対談など)の場合、私に聞かせたい(私が気に障るであろう)言葉を出演者に言わせる。これは聴視者からの投稿の形でも行われる。

(事例)

Case1 漫才(芸人AB)

A「俺もう年や」

B「いくつ?」

A「30」

B「それやったらだいじょうぶや。年いうたら俺のことをいうんや」

A「いくつ?」

B「43」

○感想

43歳は私の年齢。無理な落ち。

Case2 対談(ダニエルカール氏)

カール氏「40にもなって親離れできないのは…」

○感想

 番組の最後の最後で唐突にこういうことを言った。話の流れとまったく無関係な言葉であり、不自然に浮いているのである。

Case3 対談(永島敏行氏)

永島氏「………………………」

(番組途中で突然無言になる。相当長かったと記憶している。20秒強か。)

アナ「だいじょうぶですか。………(無言) せきばらい」

○感想

 アナウンサーはせきばらいをしたのではない。「せきばらい」と言ったのである。ここでのこのセリフはあまりに不自然である。

Case4 子供電話相談室

子供「虫さんはどうして木の蜜をとりあうのですか」

大人「木の樹液は少ししかないから力で奪い合うしかないんだよ」

○感想

 一字一句正確な再現ではないかもしれないが、だいたい合っていると思う。私は一人でつぶやく癖があるが、これを聞いた時、こんなことを言った。

私「おまえら虫か」

自分は過去のレポートで創価のことを「限られたパイを奪い合う発想しかない」と非難した。この相談はこの表現を受けたものだろうと感じたので、思わず口に出たのである。

翌日、別の番組でアナウンサーが放つ言葉が耳に入ってきた。

アナ「虫さんはあきらめない」

 どんな番組か、どういう文脈においてか、同じアナウンサーか否か、全くわからない。

ただこの言葉だけに頭が反応したのである。

Case5 ラジオ文芸館(小説朗読 3/7)

「プールサイド小景(庄野潤三)」からの抜粋

 僕がどんな時びくびくしないでここに座っているだろう。自分の背中のところで、不意に誰かが咳払いをしたら、僕の身体は椅子の上から二三寸飛び上がるかと思うほど、どきんとするのだ。だが、このように絶えず何かに怯えているのは、僕ひとりだけではないのだ。

○感想

 この部分を私に聞かせたいがために、わざわざこの小説を選んだのである。

Case6 ときめきJAZZ喫茶(最終回 3/11)

 曲(「卒業(斉藤由貴)」)が流れた後の投稿朗読(高校生の女の子から)

「お父さんは42歳で亡くなりました」

○感想

 私の年齢あたりで死んだとかいう内容のものは、投稿に限らずよく聞かされた。ちなみに斉藤由貴の「卒業」は私の好きな曲のひとつで、youtubeからビデオをもらったこともある。私に投稿を聞かせるためのツリだったのだろう。

Case7 ラジオ体操

私は膝があまりよくない。悪いというほどでもないが、昔から曲げ伸ばすときに、筋を弾くような大きな音がするので、あまり無理はさせないようにしている。

 朝の番組「ラジオ体操」は、まずテーマソングから始まり、第一体操が始まる前に準備運動の時間がある。1分ほどである。その準備運動は毎回2種類あり、だいたい定番のもの(肩の上げ下ろしなど)から選ばれるが、最近毎回のように膝の曲げ伸ばしがある。4月からチェックを入れているが、1・2・4・6・8・9日に入れている(10日まで)。

○感想

 これは非常に微妙なところで、書くかどうか迷った素材だが、あえて入れた。こんな細かいことまで?、と読む方は思われるだろう。私のほうが神経症だと言われかねない題材だが、しかし、彼らはこういうことを好んでやる集団である。

 メディアではないが、細かいストーキングの例を挙げると、

     部屋で使っているわらぼうきの枝の束を折って入れる(掃除をするたびにポロっとそれが外れるようにする)

     ジャンパーのファスナーを細工して、これまでは手探りでスムーズに閉じることができたのに、一瞬手元を見なければ閉じれないようにする

     部屋にクモの巣を張らせる(虫と一緒に取り去ってもすぐに同じところに張らせる)

     ゴキブリを仕込む(私の部屋は狭い1k(和室)で、ほとんど毎日布団を上げて掃除をしているが、その布団の下とかに子供を仕込むのである。ゴキブリなどまず見かけることがない秋口でもあった、といえば少しは説得力が出ただろうか。)

このように、彼らのつきまといに対する執念には、病的なものがある。

(解説)

私が本能的に注意を向けてしまう言葉とは次のようなものである。

a)43歳、40台(私の年齢)

 いやがらせのためにこの言葉を発するのだから、当然マイナス思考を導く文脈を作る。この場合、43歳という年齢を、「もうやり直しがきかない、人生の終わり」という解釈で私に向ける。

b)兵庫県赤穂市(私の出身地)

 NHKラジオの投稿で「兵庫県赤穂市の~さん」というのをここ1年で5回以上は聞いた。全国の市町村の数と人口比を重ねて考えれば、明らかに多すぎるだろう。

 この言葉自体はネガティブでもなんでもないが、他の日常的なつきまといに加えてこれを発すれば、ネガティブな効果を生じさせることができる(つきまとわれているという感覚を生じさせればよいので。これだけなら1年にたった5回でも、他のストーキング手法とあわせれば1年に1000回は下らないのである。)

c)せきばらい、これからもずっと続く(創価ストーカーを暗示するもの)

 職場の同僚の立ち話

「これからもずっと続くそうだよ」

 職場の現場責任者が私の側を歌いながら通り過ぎた。

 「せ~んろはつ~づく~よ~」(この後の歌詞は「どこまでも」である)

d)脳腫瘍、大腸ガン(電磁波の後遺症を暗示するもの)

 これ自体万人にとってネガティブなので、解説するまでもないだろう。ただこれが通常の放送のような万人に向けたものではなく、私に向けたものというには、具体例が乏しいのは事実である。

上記事例はほんの一部で、多くは忘れてしまった。普段は分かっていても無視することが多いので。

e)その他(私の現状を暗示するもの)

 「金持ちにはかなわない」

 「どうして? 何も悪いことしていないのに。ひどすぎるよ~」

 「もう時は戻せない」

 最初の2例はラジオドラマの台詞、後の1つは歌の歌詞である。

(後記)

 外を歩いているときに、創価ストーカーに投げられた言葉がある。

 「いい年だろ」「オヤジが」

 年下の男が年上に向ける悪口がある。その最も単純なものは「オヤジ」である。創価というのは、最もレベルの低い手法を使うと前に書いたが、ここでも例外ではない。

 車やオートバイのマフラーを改造し大音響で私の側を通り過ぎるとか、歩道に乗り上げるとか、ただのゴロツキのようなことをやる。

 人相の悪い多数のストーカーを含め、これらは威嚇の「手法」なのだろうが、私はこれを創価指導者の人格を体現したものとみる。

 ありえない話だが、自分が好きな年齢に戻れる(あるいは進める)としよう。

私の場合、今でもそんなに悪くはないが、30台半ばくらいがベストかな、とも思う。それは、少数だがトップアスリートが存在する年齢だからである。才能と努力次第で体力的にも最前線にいられるという意味で30台半ばを考えた。でも明確な根拠はない。

年上の男に「オヤジ」と罵る若い男というのは、たぶん自分に何の取り柄もないことを潜在的に自覚している者なのだろうと想像する。他人がいくつであろうが何をしようが、どうでもよいと思うのだが、彼らは自分にはひたすら目を向けたくない人間なのだろう。

 私は、自分がそういう人間関係にさらされるのもまた人生の味わいのひとつと考えられるくらいには成熟したと思いたい。

 しかし、それは相手が個人である場合のみ妥当する。

最低の手法でもって個人を潰す政治団体はごめんである。

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